2011年06月28日

◆読書感想文「復興の精神」

今日は読む日であった。
本を読んだし、ウェブ上の文章も読んだ。

上田紀行「慈悲の怒り」がとても面白かったのだが、本を置いてきてしまったので、感想文は後日。
もう一冊読んだ「復興の精神」の読書感想文を書いてみる。

*****

「復興の精神」新潮新書(著)養老 孟司, 茂木健一郎, 山内昌之, 南直哉, 大井玄, 橋本治, 瀬戸内寂聴, 曽野綾子, 阿川弘之
http://www.amazon.co.jp/%E5%BE%A9%E8%88%88%E3%81%AE%E7%B2%BE%E7%A5%9E-%E6%96%B0%E6%BD%AE%E6%96%B0%E6%9B%B8-422-%E9%A4%8A%E8%80%81-%E5%AD%9F%E5%8F%B8/dp/4106104229

紹介文
東日本大震災以降、私たちはどのように考え、どのように行動し、どのように生きていくべきなのか。すべての日本人が向き合わねばならないこの問いに、九人の著者が正面から答えた。「精神の復興需要が起きる」「変化を怖れるな」「私欲を捨てよ」「無用な不安はお捨てなさい」「どん底は続かない」…その言葉は時に優しく、時に厳しい。3・11以降を生きていくための杖となる一冊。


今アマゾンでのレビューを読んで、レビューに「んだ!んだ!」と思ったぞよ。
この表現の仕方のうらに、勝手に同じ思いを読み取って、共感したwww
そのレビューはこちら。
http://www.amazon.co.jp/review/R1CGHY5LK5GPO3/ref=cm_cr_rdp_perm

んーとねー。
正直、ちがくね!?古くね!?視野が狭くね!!?と思う点も多々あったのだが、様々な人の意見を読むことができる点は良いだろう。自分では普段は手に取らないだろう人の文章も入っているし。
…そう思いつつ、様々な人が居てそれそれに異なった意見があることを認めましょう♪とか思っているくせに、あ~これ以上読んでらんに(られない)!とばし読みした章があったりしたのだが。にゃはは。
自分の判断基準も、単純な好き嫌いであることを自覚しましたよ。

特に面白かったのは、

南直哉氏(禅僧。長野出身だ~)の章。
「思い通りにしようとする意思」に基づいた社会からの脱却、その方向性は「融通と節制」の社会か。「苦」の発見と無力さの自覚。そんなことが書かれていたと思う。お坊さんだからだろうか?無常の自覚、人間の無力さへの痛切なまでの自覚。でも、それが新しい社会システムを作るうえでは不可欠と。
これまでの社会のあり方からの脱却への意志を最も感じさせられたのが、この章だった。背筋が伸びるというか、しゃっきりする感じだったね。
引用「ならば、他者に直面し、その無力さにおいて切に意志して、我々は今、この大震災後の生を受け入れるべきである。いままでとは別の存在の仕方を、決断すべきである。仕様がないなあ、と低く呟いて、それでも、立つべきなのである。」


大井玄(医師)氏の章。
『閉鎖系倫理意識」の長所と短所。日本人の特徴の再認識と、復興への確信。まとめるとそういうことか??この「閉鎖系倫理意識」の解説が面白い。閉鎖した限られた環境の中で生きてゆくための能力のこと…かな?江戸時代にもエコロジーの問題があり、しかも山林の保護に成功しているという事例は初めて知った。そして、政治能力が低く、情報発信能力が低いのも江戸時代からなのね~じゃあ、しょうがね~な~ともw、それでも、全体に明るさの感じられる章。
引用「私にとっての驚きは、この国が復興することを一瞬たりとも疑わなかったことだ。(中略)そして最大の意義は、私がこの国に生まれたことを誇りに思い、同胞である日本人に深い愛情を抱いていることを再発見したことである。」


全体的に私が感じたのは、「復」興では不十分で、新たな意識、価値観に基づく社会を、このときに作らなくてはいけないという意識が多くの人にあるということ。むしろ今をその機会として生かさなくてはいけないという切迫感?原発に象徴される、不必要なまでの消費が当たり前になっていた社会への疑問視。

*****

そのほか、この本を読みながら考えたこと。

自分の体験を材料に自分の頭で考えることの尊さ。

やっぱりさ~やっぱりさ~。どうしても文句言いたいんだけどさ~(結局書くんかw)

昔の思想家や古典的文書の名文句をひっぱってきてもさ~その人の考えていることがお粗末じゃ駄目なんだよ。
「Aという現状があって、Bなくしては解決しない。かの○○も~~と言っている。」というけどさ、
私にはA→Bのつながりが短絡的だと思えるんですよ。それも一つの解決策かもしれないけど、Bだけじゃないでしょ?そして、それは古いでしょ?(私の好みじゃないだけかも?)Bでなければ!ってその硬さは何?そして時代も社会背景も全然違う○○さんのお言葉を持ってきて、自説を補強するために使うけど、あなたの考え方のお粗末さが余計強調されるだけですけど?○○さんが迷惑がりますよ?
…って感じ!!(怒)
昔の知識人の言ったことをたくさん引用できるからって、あなたがいいこと言ったわけじゃありませんから。知識の多さと、賢さは別ですから。っつーか、そこ履き違えている感じが頭にくるんです!!きーーーーー!!!!!

と引用文だらけの読書感想文を書くみずほは怒るのであった(笑)

何を引用しようと、面白いか否かは、その人の頭で考えたことなんだな、と。
引用なんて、その人の解釈や意図で、いくらでも都合よく使うことができちゃうし。

以前少し書いた、ツイッターの小学5年生のはるかぜちゃんのつぶやきも、
彼女が(言葉には受け売りがあるかもしれないが)自分で考えたことをつぶやくから面白いのだ。
しかも、そこが「子供」であることの素晴らしさかと思ったのだが、いちいち真剣。何事も全力。

ありがたい名文てんこ盛りのじーさんの頭の固い話より、よーーっぽど面白いぞ!!

…あ。またエキサイトしてしまった。
えとえと、そういうわけで、そのまんまの自分で考えることを大事にしようと思った次第。

*****

ま、そういうのとか、あと「年よりは頭固くていけねぇな!」って感想とかね。(上のとかぶるなw)

冷静に確認すれば、南直哉さんは比較的若い(50代前半)けど、他の人の年齢層メインは60代~70代あたり。(40代の茂木さんから、90代の阿川さんまで)。私がすっげーいい!と思った大井さんも70代だ。
訂正します。年齢じゃありません。年寄りとひとくくりにして申し訳なかったです。
ま、私が嫌いな、(私の感じるところの)年寄りくささというものがあると自覚した。ということで。

あとねえ、
強力なリーダーを求めるのは、もうやめようよ?って思った。
その大井さんが書くところによれば、日本人のタイプは政治の能力が低いらしいよ?こういうときには、誰かにグイグイと引っ張っていってほしい気持ちはあるけれど、そういう人物が出るのか?そして、そういう人物にヨシとできない方向に引っ張っていかれるのってどうなんだ?(某ジャイアンみたいな国のごとく。)

いまネット等を使った新しい支援の形が実効性をもって広がっているというネットでの記事を読んだ。
ほぼ日刊イトイ新聞の「ふんばろう東日本支援プロジェクトの西條剛央さんの、すんごいアイディア」
http://www.1101.com/funbaro/index.html

ここには「強力なリーダーシップを持つリーダー」は出てこない。
でも、志のある人が上手に繋がって自分のできることを楽しくやって、役に立っている。
そして、読んでる私も元気になるw

これからのリーダーシップって、人の繋がり方って、
こういう感じじゃないのかなあ?

ま、リーダーシップに問題あるって某首相を批判したって、前には進まないと思うわけ。
「今の首相の何代か先にもっといい首相が立つと信じたい」とか言ってても、意味ないと思うわけ。
いや別に首相の身の振り方に意見があるわけじゃないし、推してもいないけどね。全然。

それよりも、「若い人たち」の、志の高さと繋がる力と新しい物事の動かし方のほうが、
ずっと触れて元気になるし、単純に、好きだ。

オーラソーマ的な話になれば、オリーブグリーンという色のキーワード。
「フェミニンリーダーシップ」を思い出すわけですよ。
先の自分で考えるって話は、ゴールドのことみたいだとも思った。




  

Posted by カレイドスコープ みずほ at 23:10Comments(0)

2011年06月26日

◆元気が嬉しい!

ダルイダルイと連呼している最近の私だったが、
今日は、夕方以降少し復調。

夕方の用事が終わって、まだ余力ある感じで、
なんと!
久しぶりに!
自炊 したっ !!

えらいっ!!

ということで、今日はとてもよく頑張ったと自分で自分を褒め称え、
その後は、思う存分数独(ナンプレ)して過ごしましたとさ。
あ~しあわせ、しあわせ♪

数独していると、数字の美しさに感動する。
論理思考てんで駄目な私なので、何がどう感動的なのかも自分では分かっていないのだけれど、
なんか、1~9の数字の不思議を意識のどっかで感じている気がするよ。
数字って、美しいなあ…♪
あめいじんぐですよ!

明日もやりたいお仕事(主に事務仕事や雑用)たくさんあるんだ~♪
でも、明日も頑張れる気がするんだ~♪

元気な人と一緒に笑ったことと、セラピスベイ使ったことと、ミネラル補給したことと、
…何か良かったんだろう?
みんなよかったのか、そんなの関係なく元気になったのか。

立ち上がって動き出す前に考えなくても、何気なく立ち上がれる!
ダルイ時は、動く前に毎度毎度「どうしても今動かなくちゃいけないのか?やらないわけにはいかないのか?なるべく効率よく幼用事をこなすにはどうするのがいいんだ?」って、考えちゃっていた。
そして毎回「しょうがないなあ、動くか…よいっしょ~!」って動いてた。
たかだか水を汲みに行くのでも、トイレに行くのでも。
こんなに律儀に言語化してたりはしないけど、そういう気分。

それが、ない!

元気って、こういうことか!

うれしい~~~~

喜びをかみしめつつ、でも、明日も元気に働くために、今日は帰って寝ます♪
(数独しながら←コレがよくないんじゃね?とも思ったりwww)

  

Posted by カレイドスコープ みずほ at 23:28Comments(2)

2011年06月23日

◆千本ノックのごとく連続投稿!(わりと小ネタ)

メールをしつこく打ちすぎて、「連打をレシーブしきれない(返信が追いつかない)」と嘆かれるワシですけん。
1000本ノックの勢いで、日記も打ちますけん。
…嘘。1000本打つ体力はないわ。おほほほほ。

*****

ふぐすま(福島)で勢いで購入した本。

物は増やさないを金科玉条にして生きているはずの最近の私なのに、
本だけは発作的に買っちゃうことがあるんだよな~~~~

「困ってるひと」大野 更紗 (著) ポプラ社
http://www.amazon.co.jp/%E5%9B%B0%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%82%8B%E3%81%B2%E3%81%A8-%E5%A4%A7%E9%87%8E-%E6%9B%B4%E7%B4%97/dp/4591124762/ref=cm_cr_pr_product_top

アマゾンの紹介文
「難病女子による、画期的エンタメ闘病記!
ビルマ難民を研究していた大学院生女子が、ある日とつぜん原因不明の難病を発症。自らが「難民」となり、日本社会をサバイブするはめになる。
知性とユーモアがほとばしる、命がけエッセイ!!」

著者の大野氏はふぐすま出身なんだわ。
しかも、どうやら私の母校の後輩らしい…
そこはあんまり関係ないけど。

色々心動かされるですよ。
でも、生きる力が貫いている本ですよ。

…女子の生きる力って、恋よね。
っても、思った。
最近自分の生きる力が不活発な気がする…しょんぼりこちゃん。

ま、おススメです。
上記のアマゾンへのリンクも見てみて。

ちなみに今この本自体は、読みながらどうにも思い出された友人に押し付けてあります。
(共通項はフランス語?キャラは全然違うのにw)

*****

二つ前の日記に、アレルギーのようにくしゃみ連発!と書いたけれど、
埃や犬や放射性物質を槍玉に挙げてみたけれど、
ひょっとしたら普通に風邪だったかもしれませんw

翌日、午前中にだるくて寝ていたら、くしゃみがとまった!鼻水でない!

赤くてひりひりになった鼻も治ってきました。

アレルゲンを疑った各方面にお詫びいたします。

*****

実家の犬(パグ。名前は「クンクン」)が、もう14歳なんだけど、あちこち体調悪くて、も~。

目も足も皮膚も悪いんだけど、最近は気管が圧迫されて呼吸が苦しいという症状に、
じいやとばあや(私の父母)が一番心を痛めています。

それでも、一番にクンのことを気にかけ、まじめに薬を飲ませてくれて、病院にもつれていってくれて。
利尿剤を飲んでお漏らしをするからと、こまめに外に出したり、オムツを履かせたりしてくれて。

うちの親ってば、なんて善良ないい人たちなんでしょう。
私が面倒見切れなくなって、いわば押し付けた犬なんだけどさ。
こんなに良くしてもらって、クンは果報者であるよ。
こうして私のことも育ててくれたのね~感謝感謝。

親にしてみても、クンが居てくれて張り合いになったりしている面もあるんだろうな。
特に母親は看護師だったのだけれど、クンの体調不良には燃えている側面もあるような…
そして共に、一足先に?、老いてゆくクンを心配している70代の両親の自分の老いへの想いはいかばかりか。
(と娘が勝手に心配するw)

と、ひっそりクンにも両親にも感謝し思いをはせる娘(フラフラ落ち着かない40代)であった。

*****

人に言わせると私は「基本的に自信がある」らしい。

確かに、自分にだって何らかの才能があることは信じているし、
それは世のために生かせる、平たく言えばもっと活躍できると思っている。

その才能が何かは未だに分かっていないし、今は社会に文字通り生かしてもらっているばっかりなんだけど。

その才能とやらが、「詐欺師張りに舌先三寸で反射的に適当なこと言って人の心を惑わせるしゃべり」でも、
「ムード読みすぎてみんなにいい顔しようとして結局何もできないでいる繊細さ」でも、
きっと神様にそのようにデザインされたワタクシなのだから、
そんな私の総体をより生かす道はあるのだと信じている。
そして、神様の(生まれてくる前に自分で決めた?)人生の仕事は、こんなもんでは終わらないぞという感覚。

自信か?
自分じゃよく分からないが、自信と言われれば自信かも。
今の私への自信というよりは、あれだね、私をデザインした大きなものへの信頼というか、「まだまだ先はある」という感覚と言うか。
根拠のない自信ほど、面倒なものはないべ…とも思いつつw

人から評価される大きなことをしたいというわけではなくて。いや、評価されたら嬉しいけど。
私の感じる手応えという面で、私の人生にはもっと手応えがあるはず!って感じ。
で、(広い意味で)人の役に立つということが、私には手応えを感じることのような気がするんだな~

人生折り返しを回り、
まだまだ完成と成長を求めるワシですじゃ。

*****

福島を離れて数年。
新しい道ができているは、知っている店はなくなっているは。
すっかり、浦島子ちゃんなワシ。行くたび思うよ。

ふぐすま弁も、心なしか耳新しく響くような気が、気だけ、します。

*****

北関東道通ったんだけどさ。
あんなにPAとかなくていいわけ!?
慣れていないからそう感じるだけかしら!??

*****

東日本大震災にともなう道路の無料化。
私は全然影響受けなかったんだけどね。
私が乗るICで、降りる車が有人のゲートで列になっていたわ。
ほえほえ。

*****

そうそう。そういえば、東京の研修には申し込みが通って行けそうです!
一安心

準備だ準備だ!

でも、今日は疲れているから明日以降~~~






  

Posted by カレイドスコープ みずほ at 20:39Comments(0)

2011年06月23日

◆「普通」だったFUKUSHIMA(長文)

19日からしばらく滞在していた福島県は、私には拍子抜けするほど「普通」だった。
家の窓は開けてあって気持ちのいい風が入ってくるし、
車の窓を開けて走っている人もいっぱいいる。
小学生が、半袖でマスクもしないで下校してくる。

え?いいの、それ??
そりゃ、マスクしている子供もいっぱい居るけど、
たとえば新型インフルエンザ流行のときよりも少ないんじゃない??って程度。

実家のある郡山市郊外だからか…?と思ったが、
福島県内でも線量の高い福島市でも同様だった。
少しマスク率は高かったかな?

中学生の子供が居る友人の家を訪ねた。
友人(母)と、その夫(父)と、中学一年生の娘に会ってきた。
その家でも、一階のリビングの窓は開いていた。

外野が大騒ぎしすぎているだけなんだろうか?
(聞きかじりの私より)情報のある地元の人の判断がそういうものなら、結構大丈夫なんだろうか?

私が「一応マスク持ってきたんだけど。みんなそんなにマスクしてないね?」って軽い気持ちで口に出したら。

場の雰囲気が変わった。

何がどうって、上手くかけないんだけれど、こういうときの自分の感覚を私は結構信じている。
ムードには敏感なワシなのだよ。

余談だが、それが実生活に生かせないのは、一つには記憶力が低いから。
こういうときにコレを言ってはいけないという体験に基づく知識を、すぐ忘れる。
それから、突発的に行動しすぎるから。
私のホロスコープ(生まれたときの惑星がどの位置にあったかを示す、占星術で使われる図。)では、火星がおひつじ座にある。
先日お知り合いに「火星は行動の仕方に関係している」と言われたときに、すごーくすごーく腑に落ちた。
おひつじ座って、なにはともあれスタートの勢いに溢れる星座で、走りながら考えるって感じで(みずほイメージ)、
私の行動パターンそのまんまや!!
ワタクシの方向が決まったときの瞬発力と動き出すエネルギーは、なかなかですよ。自分で言うのもなんですが。
が、考える前に動く。残念なほどに。
結果を考えてから動くことは、できないといってもいいくらい。
火星おひつじ座だからw
「火星は理想の男性イメージ」みたいな説明の仕方もあって、さっぱりピンと来なかったのだが、「行動の仕方」って思うとよく分かる!
で、「ここでそれする?」「その人に今それ言う?」ってことを実際の私が山盛りしてしまうのは、
この考える前に言動してしまう勢いのよさ(熟慮できなさ)故。
だから、実は結構「つい言っちまったことで場を凍らせて後々まで悔やむ」ということを繰りかえしているのだよ。
(でも、その経験をいかせない…)

で、話を戻すが。
気軽(後先考えず)に放射線対応について話題を降ったら、なんかムードが瞬間的におかしくなったわけだ。

あちらも立派に社会生活している大人で、不快な様子を見せたりはしないんだけど。ごく微妙な感覚だったけど。
線量が高いのは地面の表土などで、空気中は大丈夫…とか、
子供の学校の屋外活動の時間制限の話とか、
周辺の線量の数値、
2階がより高いから最近は一階で寝起きしている話、
ある場所がホットスポットなのか立ち入り禁止になっていた話、
近道だからそこ通ってきちゃった~という娘と、その母親の会話。
…そこから放射線ネタが流れるように出てくる。

なんだよ、すげー気にしているじゃん。まあ、当然だよな。

私の感じた違和感は、放射能の話が、タブーになっている感じ。…と言えるか?

変なたとえだけれど、髪の薄いことを本気で気に病んでいる人には「は~げ♪」とは軽口きけない、あの感じよ。
いくら本人が「オレも最近やばくて」とか「親父も薄かったしなぁ」とか自分で言っていても、決して「薄くなったね」とこいつに言ってはいけない。そういう人っているでしょ。その「ぴりぴり感」って、人によって違うでしょ?でも、確かにあるでしょ?
そういう「ぴりぴり感」が、福島での放射能の話題には、あった。

今とっている放射能への対応を、これでヨシ(こうするしかない)と現地の人も自分で自分に言い聞かせている感じ。
相手のそこはもろくて繊細で、不用意に触れてはいけない領域だという私の受ける感覚。
彼らが自分の感じている放射能への不安を、そのまんま真正面からは見ることができない感じ。
(薄毛だって、往生際の悪いとき(本人が認めきれていないとき)が一番ぴりぴりしているw)

放射能が不安だと、危険でこの対応では不十分だと思ってしまうと、自分が不十分だと思っていると認めてしまうと、
(対応の適否は私には判断できない。実際十分な対応なのかもしれない。が、個人の主観の問題で。)
その先の行動を変えなくてはいけない。
学校生活をどうやって送らせたらいいのか。
親の仕事だって続けられるのか。収入源はどうするのか。
普段の食べるものは?洗濯は?ちょっとしたお出かけは?
あるところで思考停止せざるをえない。でも、本心はぴりぴり。
…なのかもしれないなあ、と推測する。

彼らの言っていたことで印象に残ったことがあった。
原発がメルトダウンしていることを、まさにその時に発表されていたらパニックになったから、あれは隠されていたほうがよかったのかもしれないと。そのときはガソリンがなかった。鉄道も高速道路も寸断していた。逃げられない状況でメルトダウンを知らされても…ということらしい。

言いたいことは分かるし、私には当時の福島県内の不安も混乱も分からないけれど。
そうだろうか?そうだろうか?
私には判断ができないのだけれど、その発言に、
事実に蓋をしている彼らの姿を感じてしまう。

蓋をせざるを得ない、彼らの姿を。

何でも自分の知っている範囲のことに例えないと考えられないワシなので、
またまた変な例えを引っ張りだすけど、思い出すのは、
アルコール依存症の家族などの機能不全家族。そこで育った子供がACなどと言われ、話題にもなった。
そういう家庭では、家族のアルコールなどによる困った行動が無視される。
仮にお酒の問題があるのが父親だとして、父親の暴力や仕事をしないことや酷い言動が無視される。
父親を酷いことをする人間だと思ってしまうと、家族が維持できず、自分が生きてゆけない。
子供や他の家族は「お酒をのまなければいい人」と思おうとしたり、
実際に起こっている酷いこと(自分の傷つきなどを含め)を大したことではないように振舞ったり、
問題を自分の力でなんとか解消しようとしたり(問題を起こしているのは父親なのに!)
その問題が他の人に知られないように隠したり…
とにかく、問題をないもののように扱う。

意識的にそうしているというよりも、たぶん大いに無意識にそういう風に振舞う。
それは、そういう過酷な環境で生きていくための、人間のサバイバル能力の一つなのだと思う。
ただ、事実を見ないで、隠すことや取り繕うことだけにエネルギーを注いで、(自分の家庭でだけ通用する)問題を無視する能力だけスキルアップして、自分の痛みや不安や悲しみを押し殺して…そうして大人になった人間が、生きることに困難を抱えるようになる。それがACといわれた人たちだ。
特殊な状況でのサバイバルで、自分の人生を生きる力を損なってしまったのがAC。

福島の人たちが、自分の真実をありのままに見ることができず、
(客観的な真実ではなく、自分が本当に体験し感じているあくまで主観的なその人の「本当」)
自分の真実に蓋をしてやっていけないのが、FUKUSHIMAなんだなって思った。
でも、それは、あくまで一時しのぎの方略で、それを続けているのは建設的でもなければ健康でもない。

だけど。
誰もこの先に起こりうることを示せない。
客観的だと信用できるデータが分からない。
しがみついている今の生活が大事すぎて(津波などで失われたわけではなく形あるものはみんな残っているから)手放せない。

ACだって、今のままじゃ自分が苦しいって気がつかなければ、自分の育った家庭の環境は異常だった、正直な自分で居ていい安全な環境が他のところにはあるって理解しなくちゃ、変われない。当事者が変わる気持ちになれない。当事者しか変われないのに。
今のFUKUSHIMAには、その条件が欠けている。

FUKUSHIMAの問題は、たぶん、これまでに前例のないパターンだし、目に見えないから理解しにくいし、とても対応が難しい。
「がんばろう」とか「義捐金」では解決しにくく、正体もつかみにくく、でも本当の意味での幸せを脅かすような何かが、
きっとあると感じてきた。
そこを見逃しているのは、片手落ちに過ぎるぞ、と。

友人の一家庭を見て思ったことだけれど、
(妄想力高いから、こんなに長文になるけどwww)
そしてそれはたぶん、友人だけのことではなくて、一般的な福島県の人の姿なのではないか?

それから、もう一人別な友人に会って話してきたこと、考えたことも影響している。
線量の高い福島市で小学生を育てているこの友人は、とても真摯で正直で知的な人だ。
たくさん心からの話ができて、色々なことを考えさせられた。

3.11以降関わりの増えた友人だけど、すごく貴重な出会いだと感じている。
惚れた。友人が男性だったら、絶対恋愛感情だwww
(女子に惚れるのは得意なのにどうして…(以下略 )

彼女と話して考えたことは、またの機会にでも。

読んでくださった方、おつかれさまでした。ありがとう。












  

Posted by カレイドスコープ みずほ at 19:17Comments(2)

2011年06月21日

◆福島メモ

福島県は郡山市の実家に来ています。
父の日にあわせて18日(土)に移動してきて、友人一家を訪ね、連絡がつくようになった亡夫の母親を訪ね、また別の友人に会い、でも今回はゆとりのあるスケジュールで飼い犬とぼんやりしたりしながら、明日長野に戻ります。

いろいろ思ったことを、今打つことはできないので、メモだけ。
公開すべきようなものではないのだけれど、これまでもメモを非公開で残して結局そのままで終わってしまうこと度々だったので、今回は公開で残しておいてみようかと。
はい、単なる試みです。

・持つこと、手放すこと。執着と不安。財産と健康。

・現実をそのまま見ることの重要性。

・郡山は「普通」だったこと。

・放射能と、見えない葛藤。タブーの存在?

・老いること。

・援助されること。「援助を受ける能力」。被災と障害と。

・心の平安の重要性。

・根拠の無い自信と、自分が作られた目的。


う~ん。これだけ書くと、深い話のようだが、実際どうなのかw


一番現実的な他愛ないネタだけ書くと、
まるで春先の花粉症の人のように箱ティッシュを抱えてあるく、
ここ数日の私です。

多分風邪じゃないんだけど、
鼻水が止まらなくてハナのかみすぎで鼻が赤くて痛いです。
くしゃみも連発。
頭も多少ボーっとします。

何かのアレルギー症状かって感じです。
埃か、飼い犬か、はたまた放射性物質か!?と、
今日会った友人と笑ってきました。

ぐずぐずふひ~


  

Posted by カレイドスコープ みずほ at 23:13Comments(0)

2011年06月15日

◆深呼吸

最近慌しい…かも?

ここ二日は夜遊びつつき。
昨日は、栗コーダーカルテットのライブに行ってきて楽しかったし、
今日はずくなしというカフェ(夜はバーなのか?)に居座ってだらだら過ごしてきた。

そうそう。いきなりバラ公園に(再度)行ったりもした。
ディクシャ会もあったし、仕事もしたし。

…忙しかったんだな。
忙しいというか、時間のゆとりはあったんだけど、バタバタ慌しいと言うか。

こうして振り返ってみると、あれやこれができていないことや寝てばっかりいることも、
まあしょうがないんじゃないの?って思える。
思っておこう。うひひ。

*****

久々にディクシャ会があって、ディクシャをしたり受けたりした。
みんなで一緒に瞑想したり、祈ったりした。
素敵な動画も見た。

なんかちょっとね、息を吹き返した気分になった。

たぶん金曜日あたり、相当に呼吸困難で酸欠気分になっていたので、
あ、息するの忘れてた!って気がついたというか、
空気の新鮮なところに行ってみたというか、
そういう感じ。

私にとっては、
大いなるもの(神様でも源でもなんでもいいけど)に繋がる、
少なくとも繋がろうとする時間、
瞑想したり祈ったりする時間、
は、新鮮な空気を吸うように、必要なことなのだ。

ちょうど「酸欠」の酷いときにディクシャ会があって、よかった。

金曜日か土曜日か、ふと目に付いてオーラソーマの25mlボトルの
B0「スピリチュアルレスキュー」を使ってみたのは、シンクロ?
面白いね。

今日は天気がよくて、お昼はコンビニで買ったパンを、公園のベンチでいただいた。
色々な意味で、まさに「深呼吸」だったよ。

ちゃんと「呼吸」すること、忘れないように大事にしていかないと。
  

Posted by カレイドスコープ みずほ at 00:43Comments(4)

2011年06月11日

◆こういう日もある。

今日は、ある用事でメゲメゲになった。
別に何か失敗をしたとか、批判されたとか、そういうことは全然ないのだが、
自分の言動の些細な点を「あれが駄目だった~オレって駄目だ~~~」となっている。

冷静に考えれば、全然「駄目」じゃないのだ。
そりゃあ、がさつな私のやることなので、ちょっとした「駄目」はあるけれど、
まあ、それは誰でも多かれ少なかれそんなもので、
全体的に見れば「駄目」じゃない。ちゃんとできていると言ってもいいと思う。
(質が高いかどうかは自信はないがw)

が、「オレが駄目だったんだ~」って気分なのだ。そう口にも出しちゃうのだ。
気持ちが晴れない。どんよりどんより。
実際に駄目かどうかよりも、とにかく気分の問題。
何でも「オレが」になっちゃうのは意識が自分にだけ向いている狭い状態だし、
精神状態として、良くない良くない。

今度からは忘れずにポマンダーで保護していこう。
今日は忘れちゃったんだよね~
(ポマンダーで保護できると言われている)見えないエネルギーだけの問題ではないし、
まあ気休めと言えばそれまでだけど、
帰ってからセラピスベイを使ったら(浄化の働きがある)少しスッキリしたし、
気休めでもないより全然まし。

私、弱いんだな。
エネルギーかどうかは良くわかんないんだけど、
雰囲気とか人と人の間にあるもの、
そういうのに影響を受けやすいんだとおもう。

でも、そういう場面に身をおいちゃうのだ。
行かなくてもいいのに。
今回ほどじゃなくても、毎回多少はダメージ受けてくるのに、どうして行っちゃうんだか。
…行きたいからなんだけどさ。

自分が強くならなきゃとか、小さな駄目もしないように技術を上達させなきゃとか、
そういう自分を追い詰める方向に行っても、たぶん無駄。
そういうことじゃないんだよ。たぶん。
その方向性では、よけいネガティブになるんだよ。
長いこと、そっち方向にばっかり向かっていたけどさ。

だから、ポマンダーでいいんだ。

*****

少し前に「遠出するぞ~」と騒いでいたことだけど。
7月に四国は高知に心理関係の研修で行くつもりだったんだけど。

研修の抽選に落ちた。

がょ~~~~ん。

せっかく行く気満々で宿も取ったのに!
プランもカンペキだったのに!
向こうにいる学生時代からの友達だって楽しみにしてくれて、観光のアイディア考えてくれているのに!
(主催者の)ばか~~~~~~~!!!!

いいえ。全てのことは私の責任。(ホ・オポノポノ的に)
この体験も、私に必要だから起こっているのです。
だから、クリーニングいたしますです。
はい。

*****

冷蔵庫には何か作れる程度の食材は入っているのに、ちっとも料理をする気になれない最近のワシ。
今日なんて、もちろん作る気マイナス状態。
グリーンスムージーすら作りたくない。

…お腹はすいているんだけど…ぐ~

*****

ま。こういう日もある。
うん。

…抵抗しないことだな。
今日はとっくり凹んでおく。





  

Posted by カレイドスコープ みずほ at 00:02Comments(2)

2011年06月09日

◆残念…

今夜は念願のチクチク(縫い物)をする夜だった。
チクチクした。
完成した。

失敗たった~…orz

ウエストゴムのショートパンツなんだけどね。作っていたのはね。
もう失敗しようがない単純な形なんだけどね。
細かい説明ははしょるけど、
結果として、
履き心地良くない…

失敗の原因は分かったのだけど、同じ布でもう一回作り直す程じゃないな~
でも、別デザインでもう一個つくる他の布もないし、今回のも取り敢えず履けるので、これはこれかな。

布が可愛いだけに残念さもひとしお…
(アフリカの布なの~♪)

*****

ミシン使うほどの裁縫なんて8,9年ぶりで、
基本的なこと忘れていた。
自分を過信していた。

同じ布の残りでは別なもの作るつもりでいて、これも単純な形なので、自分で適当に布を裁って適当に作るつもりでいたけれど…
自信なくなった…

自分の裁縫力、信用できない…

*****

それこそ、8,9年ぶりに電源の入った我ミシンちゃん。
ちゃんと動くか不安だったけど、しかも良く動いてくれた。
なんて偉いんだ!!

ネットで、初心者こそある程度大きくてよいミシンを買えと書いてあって、家のミシンちゃんはお安いコンパクトミシンで、いざとなったら買い換えか!?なんて思ってもいたのだけれど、私にはこのミシンちゃんで十分だなぁ~
ほんと、良くできた子です。

それより、使うがわの人間だよ。問題は。
なめないで基本を丁寧に復習することか…  

Posted by カレイドスコープ みずほ at 22:42Comments(0)

2011年06月07日

◆さかき千曲川バラ公園

おでかけしたよ~~~~~。

急に思い立ち、バラ園に行ってみた。





坂城町にある、「さかき千曲川バラ公園」
http://www.town.sakaki.nagano.jp/sightseeing/W004H0000005.html

バラ園といえば、この辺では中野の一本木公園という思い込みであったが、
いやいやどうして!
こちらのバラ公園のほうが、広々していてワタシャ気に入ったね。
(一本木公園は季節はずれにしか行ったことがない)





ちょうど見頃だったよ~
色々な色のバラが綺麗だったよ~







*****

車椅子でのお出かけ的には大冒険だったけどね。

障害者用駐車場が砂利って、砂利って…何事!?
車椅子で辛いのは、何はともあれ砂利なんですけど。(砂はもっと辛かろうが、めったに経験しないので置いておく。)
小さいタイヤの前輪がスタックするから進まないんだよ~前輪上げ上げ走らないといけないんだよ~私は非力&技無しだから前輪上げ走行なんてことはできないんだよ~
「なんちゃって」車椅子ユーザーなのをいいことに、砂利のところは歩いて押したよ。
身障者用駐車場はあるけれど、駐車枠の幅は一般用と一緒だから、車椅子降ろせないし。降ろしてから車入れなおしたし。

車椅子の人はいっぱい居た。
団体で来ている施設利用者と思われるおじいちゃんおばあちゃん。
…単独車椅子で来る人間のこと、全然考慮に入っていないね?
いやあ、あれでは、介助する人だって大変だよ。

今ふと思ったが、施設の車は砂利駐車場の中でも手前に止まっていた。
車椅子用枠は手前にあったのかな?
スタッフ用と一緒の駐車場だったから、あいてないな~と思って奥に入っちゃったけど、
本当はもっと使いやすい駐車場があった!?かもしれないわね!???
坂城町に提言しようかと思ったが、ちっと落ち着いてみるかw

駐車場はさておき、まあ、そのほかはいわゆる良くあるバラ園ですよ。
とりあえず、みんな車椅子やバギーで行けるようにはなっている。
ちょっと坂っぽいけどね。
歩道は、砂利1~2割含有のややデコボコ道だけどね。

普通に歩く分には気にならないレベルだ。
分かる。
が、車椅子、非力な私の手こぎだと、これはかなりキツイ。

私にぎりぎり上がれる程度の傾斜の坂。
なんとか、時々前輪上げで超えられる程度の砂利。
(うそ。2回くらい歩いて押しちゃったけど。)
ただでさえ土の上は抵抗が大きいから走りにくいのに。
風の強くなってきた時間に風上に向かって走っちゃって、
砂埃が低いだけに目に入って、バラ見るどころじゃなくなるし。
しかも私はコンタクトレンズだし!

良いトレーニングになりました…
風上には向かわないことも学習しました…

昨日太鼓で皮の向けた手のひら。
今日は別なところを、手袋の縫い目でこすって皮むいちゃうし。
私の手は、もうボロボロですよ。
柔らかさが自慢の癒しの手だったのに…もう駄目かも…。

*****

でもね~

車椅子では大変だったけれど、バラ自体は素晴らしかったのよ~
車椅子押してくれる人と行きたいねえ。

非力な車椅子ユーザー以外には、お勧めです!










  

Posted by カレイドスコープ みずほ at 22:41Comments(0)

2011年06月07日

◆つぶやきまとめうち

今日もダンスの練習(の太鼓叩き)楽しかった♪

名誉の負傷。掌の皮剥けた。両手とも…

でも、ククの合図のタイミング、ようやくわかってきた!!一体何回練習してるんだか…。今やっと分かったの!?と言われそうなレベルなのだが、自分としては嬉しいぞ~!

やっぱりダンスの練習で叩くのが楽しいんだよ~♪
頑張ろうと思いました。
はい。

*****

帰りに寄ったスーパーでトウモロコシが安かったので、購入。
早速レンジでチンして夜食にいただきました♪

もうトウモロコシの季節か~しみじみ

でも、やっぱり実の入りは甘くて、ちょっと早かったかな~
美味しかったけどね(  ̄▽ ̄)

*****

ついったーで、はるかぜちゃんの発言が面白い。
リンクはるズクが無いんだけどさ。
小学5年生の発言が鋭くて深くてウムムなのだ。
はじめ、本当に小学5年生!?って疑った。
私のなかに、「小学5年生ってこの程度」っていう、思い込みとか決め付けがあったんだよね。
多少でも小学生に関わる仕事をしているくせに…。
自分を恥ずかしく思ったよ。
相手を自分の理解の範囲内に押し込めて判断しようとしていては、人間相手の仕事はできない。
理屈では分かっていたつもりでも、実際にいかにそういう言動をとっているか。
突きつけられました。

*****

最近、自分は性格が悪いとしみじみ思う。
根性悪いというか、ひねくれているというか、心が狭いというか、
ま、みんななんだけど。
これじゃ~モテなかった訳だよ。深く納得。

一番まずいのは、その性格の悪さを自覚していなかったこと(爆)
そこそこ性格いいつもりでいました。
中学生くらいのころに、今思うように「私って、マジ根性きたねぇ!!」って思えていたなら、というか、
そう思える自分だったら、人生違っていたのに!!

蛇足ですが、そういう性格の悪い自分を全然嫌がっていません。
今更、性格変えようという気持ちもありません。
そして、性格悪いくらいで、人生のパートナーに出逢うことを諦めたりもしません。
むしろ、これからの方が、良い出逢いがありそうな気さえします。

こうして人はふてぶてしいおばさんになっていくのかしら。
うふふふふ♪

*****

考えないで、今に集中するのだ!!
を練習中だけど、そう思う意思は考えだというこの矛盾。
ま、癖付け中だからね。今は、仕方ないね。

*****

痛くても、本人にしか越えられないものがあるよね。
見ている私も痛いけど、ほっとけない気分になるくらい思い入れしちゃうけど、
本人じゃなきや、どうにかはできない。

人間って、可愛いな~
愛せる存在だよな~

頑張れ。

*****

今日は、ミシンの部品が入ったという連絡来ないかな~
と、なんとなく「待ち」の気分で1日過ごしちゃった。
なんか、勿体ない1日だった。  

Posted by カレイドスコープ みずほ at 00:57Comments(0)

2011年06月03日

◆近頃のはまり道

数独にはまりましてん。
↓こういう、数字でマスを埋めていくパズルです。
ナンプレというやつも同じです。
http://www.sudokugame.org/

スマートフォンのアプリの数独が、使いやすくて、ついつい…

色々と葛藤しつつ、思考の快楽に依存状態。
私の意識の目覚めへの歩みを、マインド(思考)が邪魔するよ~~~
と葛藤しつつ、今日も数独に明け暮れております。
(これからもやるのさ♪)

っつか、葛藤しないではまりきれれば、まだマシなのか??

*****

はまっていると言えば、
最近ナポリタンにはまっています。

トマトケチャップ消費のために作り始めたら、美味しかったのでw

求めているのはトマトケチャップ味なのかな。
オムライス(チキンライス)とかも作りたい。明日はそれかしら。

*****

食べ物では、果物にはしばしば「はまる」私です。
同じものを毎日買ってきて食べたりするのだけれど、
最近我が家で一番良く食べられている果物は、アメリカンチェリー。
常にあります。
ずっと食べています。

そのほかにグリーンスムージー(果物と葉野菜のジュース)も作って飲むし。
そういえば、アメリカンチェリーはグリーンスムージーにしてないな。
なんか、生で食べたくてw

とにかく、果物消費量は多いのです。
フルータリアン(フルーツだけで生きる人)になりたい…
いや、でも、色々なもの美味しいし…

好きなものを好きなように食べられるのは幸せですねw

*****

先日から「車椅子での単独初遠出」の計画作りにも、「はまって」います。

ついでに、今日、参加したい東京での研修がもうひとつ登場。
勢いがあるので、行く気になっています。
(今までだったら東京(=車でいけない)というだけで、却下であったのに。)

冷静に考えたら、最初に検討している「初遠出」のほうは、
抽選があって、そんなに倍率は厳しくないと思うんだけれど、
それに外れたら行けないんだよな~
大丈夫だと思っていて前回同じようなやつで外したしな。

こんなに綿密に計画立てて、抽選に外れたら、がっくりだわw
実際にチケットを取るとかは、その結果が出ないと動けないので、
しばらく行動するのはおあずけ。どうどう。

旅行の計画立てるのは、すごく楽しい。
これまた、色々な条件を比較したり、選択したり、パズルみたいな楽しさですな。

*****

いつも何かに「はまってい」ないと、落ち着かないワシ。
きっとエネルギーの行き場がないんだわwww
あるいは、何かから逃避したいのかw

そういう自分にちょっと葛藤感じちゃうけど、
まあ、どうせ「はまる」なら、楽しくやりましょう♪





  

Posted by カレイドスコープ みずほ at 00:38Comments(2)